政幸

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自己破産における自由財産(の拡張)とは

 自然人が債務超過ないし支払不能に陥り、負っている債務の免責を得ることを主目的に裁判所へ破産の申立てをする。 破産を申し立てるにも、弁護士報酬を含め一定の費用がかかることは、当事務所ホームページ(http://trout-law.jp)のトピックス(破産・民事再生)の個人破産の項で説明したとおりです。 破産を申し立てる人の中には、自己破産したときに、今ある財産がすべて失われて返済にまわる、とか、銀行などの預貯金、あるいは手持ちの現金が。返済に充てられて全く使えなくなる、といった具合に、考えてしまう方が少なくありません。 しかし、それでは、せっかく破産、債務の免責を申し立てて経済的再生を図ろうとしても、その資金的きっかけがつかめず、再び他から借金をせざるを得なくなるなどして、負債を抱えたり支払不能を繰り返すことになりかねません。 このようなことのないように、破産法は、例え自己破産の申立てをしても、債権者への返済に充てるための破産財団を構成しない財産として、「自由財産」というものを認めています(破産法34条3項)。 破産者は、この自由財産の範囲で、当該財産を自由に管理処分できることから、生活を維持したり、破産・免責後の経済生活の再生のための便宜に充てることができることになります。 以下では、どのようなものが自由財産に該当し、破産者が自由に管理処分できる自由財産の範囲はどこまで認められるのかということについて、破産裁判所の実務に即して解説します。1 自由財産の定義  自由財産とは、破産者の財産のうち、破産財団に属せず、破産者が自由に管理処分できる財産をいいます。2 本来的自由財産 (1) 99万円以下の金銭(現金)(破産法34条3項1号,民事執行法131条3号,同法施行令1条による) (2) 差押禁止財産(民事執行法上のもののほか、特別法にも規定がある)の主なもの  ・ 生活に欠くことができない衣服、寝具、家具、台所用品、畳及び建具  ・ 1か月間の生活に必要な食糧・燃料  ・ 農業・漁業従事者の農具、漁具  ・ 技術者等の業務上必要な器具類(大工道具、理容機具など)  ・ 給料・退職手当(原則4分の3相当分)、なお、中小企業、小規模企業の退職金共済は全額  ・ 民間の年金保険  ・ H3.3.31以前に効力が発生している簡易生命保険契約の保険金又は還付金請求権  ・ 各種保険給付受給権、高額療養費の支給、家族埋葬料の支給  ・ 生活保護受給権、失業等給付受給権、労働者の補償請求権、交通事故被害者の請求権  3 自由財産の拡張 (1) 預貯金   預金は、本来的な自由財産ではありませんが、現金に準じるものとして、一定の範囲で自由財産としての拡張が認められています。 (2) 年金   年金そのものは、差押禁止財産として本来的自由財産ですが、通常、隔月で指定の銀行口座などに振り込まれ、預金となります。こうして銀行預金となった後は、差押禁止財産ではなく、差押えが可能とされています。   年金振込分と合わせて99万円以下であれば自由財産の拡張の範囲内といえます。これが99万円を超える場合には、年金が破産者の今後の生活に不可欠であることを疎明して、自由財産の拡張を申し立てることになります。4 自由財産拡張の手続運用  自由財産拡張の可否(破産裁判所の判断)は、破産管財人の意見を聴いて判断されます。  裁判上の運用(例)  ア 99万円に満つるまでの現金  イ 残高が20万円以下の預貯金  ウ 見込額が20万円以下の生命保険解約返戻金  エ 処分見込価額が20万円以下の自動車  オ 居住用家屋の敷金債権  カ 電話加入権  キ 支給見込額の8分の1相当額が20万円以下である退職金債権(すなわち支給見込額が160万円以下の退職金)  ク 家財道具  ケ 差押えを禁止されている動産又は債権  上記財産について、同じ項目の財産が複数ある場合は、個々の財産の評価額を合計して得た額を当該項目における評価額とする。 CF. 東京地裁では、自由財産の総額が99万円以下となる場合は比較的緩やかに判断し、99万円を超える場合は慎重に判断される傾向があります。東京地裁においては、上記20万円というような基準の数字はないようです。5 まとめ  いずれにしても、上記のような自由財産を法が予定しているのは、破産者が真に経済的再生を遂げるために必要と考えられるからです。このような定めや運用がないとすると、破産を申し立てる者は、自己の財産状況を真摯に裁判所あるいは破産管財人に申告することが期待できなくなってしまいます。債務の免責後、一文無しから経済生活を始めることが現実的ではないことは明らかです。  それゆえ、破産を申し立てるときに、相談者は、破産申立てを依頼しようとしている弁護士に対しても、上記自由財産制度及び自由財産の拡張制度を十分に理解した上で、正直に自己の財産状態を打ち明けて申立ての相談をするようにしてください。    (文責弁護士福島政幸)       

企業(事業者)民事再生について

 裁判所を介した倒産手続には、大きく分けて、破産と民事再生がある(ここでは、特別清算や会社更生などの特殊・大規模な手続を除外して考察する。また、強制力のない任意整理や裁判所における特定調停もここでは割愛する。)。破産にも、自然人個人としての破産と事業者としての破産があるように、民事再生にも、個人再生事件と一般の民事再生事件とに分けて考察するのが分かり易いと思われる。個人民事再生は、民事再生法ができてから約1年後、小規模個人再生と給与所得者個人再生の各手続が、民事再生法の改正により加わり、2001年4月から施行されています。 個人事業者向けの個人再生手続については、別の機会に解説させていただくこととし、ここでは、一般の民事再生手続について説明したいと思います。 この民事再生は、個人、法人を問わず手続の利用が可能ですが、以下の点に留意が必要です。1 民事再生手続の開始の要件 ① 支払不能に陥るおそれがあること ② 事業の継続に著しい支障をきたすことなく、弁済期にある債務を弁済できないこと2 裁判所へ民事再生を申立てる準備において必要なこと ① 裁判所への予納金納付(負債5000万円未満が200万円、5000万円以上~1億円が300万円など)、他には弁護士に依頼する弁護士費用も準備が必要 ② 申立てから再生計画案の認可までには、約半年ほどかかるので、それを見込んだ事業のための資金繰り計画が必要とされること(向こう6か月間の資金繰り予測) ③ 申立て前に当面の運転資金の用意が必要 ④ 裁判所への申立てに当たって、再生手続に乗せることのできる事案かそうではなく破産手続によらなければならない事案かを見きわめるために(すなわち、再生手続開始の要件にかかわるものとして)求められる書類資料として、収益予測による黒字かどうかということ  ア 申立日前1年間の資金繰り表及び直近3期分の貸借対照表及び損益計算書  イ 上記②のような申立日後6か月間の資金繰り表  ウ 日繰りのシュミレーション ⑤ 保全処分を併せて申し立てる必要の有無   弁済禁止、担保提供禁止の保全処分、不動産の処分禁止、借財禁止の仮処分など3 再生計画案における債務圧縮の目安(再生計画案の作成において必要となる)  一般的には、民事再生手続で、負債総額の3割以下とされ、平均的には1割程度の支払いを5年間ないし7年間くらいの範囲で分割で支払う計画案を作成するイメージ 1) 計画案で圧縮する負債支払額は、清算価値(その企業が破産した場合の換価による配当対象財産額=配当率)以上でなければならないこと 2) 弁済期間は、法文上は10年を超えない期間とされているが、上記のように標準的には5年ないし7年くらいまで 3) 負債増額に比した再生計画案における支払総額、すなわち、弁済率については、特に法文上上限があるわけではない(下限は、上記1)のとおり)が、実務上30パーセント未満、1割~2割程度で、一番多いのは1割程度の支払と思われる。 4) 最終的には、再生計画案が、債権者によって可決されるかどうかにかかっている。    総債権額の過半数、かつ、債権者数(頭数)の半数以上の賛成によって可決される必要    その上で、裁判所が選任した監督委員(破産の管財人と同様に弁護士が選任される)による意見書と併せて再生手続を担当する裁判所(通常は裁判官3人の合議体)が、再生計画案を認可することになる。4 再生計画案が認可された後について 1)再生計画案の実行   再生債務者は確定した再生計画に従って、速やかにその内容を遂行し、監督委員が再生計画の 実行を監督します。 2)再生手続の終結   再生計画の履行が完了したときまたは再生計画認可決定確定後3年間経過時に再生手続は終結する。   それまでの間は、定期的に(通常は、6か月おきくらい)監督委員による再生計画の履行監督に服することになります。そのため、定期的な報告書を裁判所と監督委員に提出し、再生手続中に、再生債務者が、重要な財産の処分及び譲受け・多額の借財・別除権の目的である財産の受戻しなどをする場合、監督委員の履行監督に服することになります。                               以上(文責 弁護士福島政幸)    

非正規雇用者の雇用管理(パート、アルバイト、契約社員中心に)

 事業者の中には、正規雇用だと労働基準法などのいろいろな規制がかかって労務管理が大変で、やれ残業代、休日手当、深夜労働だの、あるいは有給休暇とか育児休業など、さらには社会保険の加入・管理などと面倒なので、非正規雇用で従業員を賄う方が効率的だと考えている人も少なくありません。 しかし、必ずしもそうではないことを理解してもらう必要があります。以下に整理してみます。1 非正規雇用者についてのバリエーション  パートタイマー、アルバイト、契約社員、派遣社員などが考えられます。  法律上の定義としては、「短時間労働者」には、パートタイマー、アルバイトが含まれる。  【契約社員】とよく表現されますが、これは法的概念ではなく、正規社員とは異なる期間の定め  のある社員として認識されています。2 法律の規程  上記1のようにパートタイマー(以下では、アルバイトも含むものとする。「パート」と称す る)については、「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律」=いわゆる「パート労働法」 が存在します。  派遣社員については、「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法 律」が存在します。  契約社員については、上記のような単行法は存在しておらず、「労働契約法」という労働基準法 と並ぶいわゆる労働法の基本法の中で、「期間の定めのある労働契約」として定義・規定されてい ます(労働契約法第四章)。3 非正規雇用者の労務管理についての考え方 (1) 契約形態の整理   非正規雇用者にも上記のようにいろいろなバリエーションがあり、その法的規制は錯綜気味で  す。   整理してみると、① 正規労働者のようにフルタイムで働く人(とそうではない人)           ② 正規労働者のように期間の定めのない契約である人(とない人)  といった具合に、① 働く時間を軸に、②のように雇用期間を軸に、労働者の種類を分類整理で きると思います。   ①ではパート(バイト)が除かれ、有期契約社員とか派遣労働者が対象となると思われます。   ②では、有期契約社員は除かれ、パートには、契約期間の定めのある人とない人がいて、後者  が対象になることになります。 (2) 労働基本法(労働契約法、労働基準法など)の適用   基本的には、正規雇用者だけではなく、非正規雇用者にも労働基本法の適用(ここでは紙面に限りがあるので、労働安全衛生については下記5(2)の定期健診以外は割愛します。)はあるのだと理解しておくことが肝要です。そして、例外・除外あるいは特別規定が非正規雇用に及ぶと。具体的には、以下のとおりです。  a 賃金管理面    最低賃金法による時間当たりの最低賃金(時間単価)は、非正規雇用者にも適用されます。    賞与、昇給などは、非正規雇用には、任意適用となります。    諸手当関係;近時の判例などからは、正規雇用者と非正規雇用者との間で、差を設けることには慎重さと注意が必要です。今日日(きょうび)の同一労働同一賃金の法規制の及ぶことが考えられます。別の記事にある最高裁判例(ハマキョウレックス事件及び長澤運輸事件)を参照してください。     b 労働時間管理面    労基法にある時間外労働、休日労働及び深夜勤務について    1日8時間、1週40時間を超えた勤務、午後10時以降翌日午前5時までの勤務については、いうまでもなく、非正規雇用者にも適用され、法規に従った時間外手当を支給しなければなりません。ただ、パートのような短時間労働者の場合、契約所定労働時間(例えば、5時間)を超えて勤務した場合でも、8時間以内であれば、割増賃金(1.25倍)を支払う必要はなく(週40時間以内も同様)、通常の時間単価を払えば済むことになります。アルバイトで、コンビニの深夜勤務のみのような場合、雇用契約内容にもよりますが、日勤の基準単価がある場合には、深夜勤務割増単価を設定すべきですし、日勤がない場合にも、他のアルバイト従業員で日勤の基準単価がある場合は、やはりそれに割増(1.25倍)した単価設定することが望ましいといえます。    休憩について    基本的には労基法34条のとおり。1日6時間超えて勤務なら45分、8時間超えなら1時間の休憩を設ける必要があります。    逆に、短時間労働者の場合、厳密には、上記規制にかからないとしても、他の従業員と同様に昼休みなどは同様に設けることが望ましい。  c 年次有給休暇(労働基準法39条)    有期の契約社員であっても、雇入れの日から6か月間継続勤務し、全労働日の8割以上勤務した人には、正規従業員と同様な年休付与義務があります。    パート(バイト)の従業員への年休付与について    共通条件;決められた労働日数の8割以上勤務+6か月間継続勤務 は上記と同じ    1)週5日又は週30時間以上なら正規従業員と同様の年休付与日数義務が当てはまる。    2)それ以外の週5日未満、週30時間未満の場合 下表のとおり継続勤務年数が     6月 1年6月 2年6月 3年6月 4年6月 5年6月 6年6月以上       週5日:年217日以上   10     11   12   14   16   18   20  日  4日: 169~216日     7       8     9   10    12   13   15  3日: 121~168日    5             6             6            8             9           10           11      2日:   73~120日         3             4             4            5             6             6             7      1日:  48~  72日    1              2             2            2             3             3             3  d 解雇、解雇予告手当    期間の定めのない社員は、労契法16条による解雇制限(正規社員とほぼ同様)    それゆえ、パート従業員であっても、期間のさだめなく契約しているときには、解雇権濫用法理に服することになる。    有期契約社員は、期間の定めによるが、契約期間中の解雇は、労契法17条で、「やむを得ない事由」が要求される。また、同法18条による無期労働契約への転換、同法19条による更新の繰り返しの規制(日立メディコ、東芝柳井事件の最高裁判例を明文化したもの)に服する。    パート・バイトであっても、解雇は30日前に、そうでない場合は、30日分の解雇予告手当の支給必要となります(労基法20条)。 (3) 就業規則について   パートを常時10人以上雇っている事業者は、パートに適用される就業規則(「短時間労働者就業規則」)を作成する必要がある(パート労働法の下位規範であるパート指針から)。   企業によっては、期間の定めある契約社員について「有期従業員就業規則」を制定し、そこで、上記労契法17~19条に関係する規律を整理して規程ているところもあり、それが望ましいと思います。 (4) 育児休暇(育児休業給付)・介護休暇について   いわゆる「育児・介護休業法」(「育児休業、介護休業等・・労働者の福祉に関する法律」)が存在します。   この法律は、パートなどの短時間労働者、契約社員などの有期労働者の区別なく、「一定範囲期間雇用者」にも適用対象になるとされています。   条件としては、雇用期間が1年以上、子が1歳に達する日を超えて引続き雇用されること         (子が1歳に達する日から1年以内に期間満了、更新されないときは除く)   半年契約や3か月契約であっても、契約更新により上記に当てはまれば同様   介護休暇の場合、対象者:配偶者、父母・子、配偶者の父母           日数 :93日を限度とする。   日々雇用される者、期間の定めある者、パートで期間の定めのない者や契約更新繰り返した者であっても、雇用期間1年以上、休業予定日から93日超えて引続き雇用される場合は対象となります。(ただし、93日経過日から1年経過する日までに契約更新ないときは除く)4 社会保険、雇用保険について (1) 健康保険と厚生年金保険については、パートも下記条件を満たせば加入が可能 1) 全ての法人事務所、従業員5人以上の個人事務所(ただし、農、畜、水、林業及びサービス業を除く) 2) 契約期間2か月以上かつフルタイムの4分の3時間以上勤務 (2) 雇用保険   雇用保険には、a 一般被保険者とb 短時間労働被保険者の2種類がある。   週30時間以上のパートであれば、aの一般被保険者となる。   週30時間未満であっても、1週間に20時間以上連続して1年以上雇用見込なら、bの短時間労働被保険者となる。   雇用保険の給付条件:   a 一般被保険者の場合、離職日前1年間に14日以上は働いた月が6か月以上かつ雇用保険加入期間6か月以上   b 短時間労働被保険者の場合、離職日前2年間に11日以上働いた月が12か月以上かつ雇用保険加入期間12か月以上5 その他 (1) 正社員以外の深夜労働(妊婦が時間外・休日・深夜労働を禁止されていることに関連して)   深夜労働の免除(労基法66条)   育児・介護をする者についても、一定の場合免除されることがある。小学校入学前の子を育てている場合とか、要介護家族がいる場合   深夜労働の免除を得るには、免除開始日1か月前に申請する。1回につき、1か月以上6か月以内で、回数は制限がない。 (2) 労災   労働安全衛生法66条で定期健康診断の事業者への義務付け   1年に1回、有害業務従事者には、半年に1回   ① 常時雇用されているパート(期間の定めない者、期間定めあっても更新1年以上あるいはその予定の者)   ② フルタイム社員の1週間労働時間の4分の3以上勤務  の条件を満たしていれば、健診対象となる。                                         以 上           

日本郵便の期間雇用社員(満65歳)の契約更新

最高裁平成30年9月14日の判決(原審:東京高裁)1 事案の概要  日本郵便(被上告人)は、有期雇用社員就業規則(10条2項)で、「会社の都合による特別の場合のほかは、満65歳に達した日以後における最初の雇用契約期間の満了の日が到来したときは、それ以後、雇用契約を更新しない。」(本件上限条項)と定めている。  日本郵便においては、正社員の定年は60歳とし、定年退職後に継続して就労する者について、高齢再雇用社員就業規則に基づき、雇用期間を1年として再雇用(高齢再雇用社員)し、これを更新することとしている。同規則は、高齢再雇用社員について、満65歳に達した日以後の最初の3月31日が到来したときには有期労働契約の更新を行わない旨定めている。  原審(東京高裁)の判断  日本郵政における期間雇用社員の契約更新手続は形骸化しており、実質的に無期労働契約と同視し得る状態。この点では、解雇事由がなく、期間満了による雇止め(本件雇止め)は無効。  本件上限条項は、旧公社当時の労働条件変更につき合理性があり、これによると、本件雇止めは適法(有効)。2 最高裁判断の要点 (1) 原審は、本件上限条項を就業規則の不利益変更として捉えているが、旧公社当時の労働条件は日本郵便には引き継がれておらず、同条項は旧公社当時の労働条件の不利益変更に当たらない。 (2) 本件上限条項は、有効に労働契約法7条による労働契約の内容になっており、各有期労働契約は、本件各雇止めの時点において、各有期労働契約者において期間満了後もその雇用関係が係属されるものとする期待に合理的理由がなく、実質的に無期労働契約と同視し得る状態にあったということはできない。 (3) 結論として、本件各雇止めは適法であり、本件各有期労働契約は期間満了により終了した。3 解説  本件最高裁判決は、結論としては、本件各雇止めは適法かつ有効であるとして、原審同様に、各有期労働契約による従業員からの労働契約上の地位確認及び雇止め後の賃金の支払い等の請求を棄却したが、その結論を導出する過程における判断において、原審には、法令の解釈適用を誤った違法があるとした。  ポイントは、原審は、本件雇止めが解雇に関する法理の類推によれば無効になるとし、本件上限条項に基づく更新拒否の適否の問題は、解雇に関する法理の類推により本件各雇止めが無効になるか否かとは別の契約終了事由に関する問題として捉えるべきとしているが、最高裁は、正社員が定年に達したことが無期労働契約の終了事由になるのとは異なり、上告人ら(有期雇用者)が本件各有期労働契約の期間満了時において満65歳に達していることは、本件各雇止めの理由にすぎず、本件各有期労働契約の独立の終了事由には当たらないとしている。       

ユニオンから団交(団体交渉)の申入れがあったら

 事業者に宛てて、合同労組である企業外組合(いわゆるユニオン)から「解雇について」とか「未払賃金について」など、団体交渉の申入れが文書でくることに出くわした場合について、事業者がどう対処すべきかについて、以下に若干の解説をしておきます。1 まず、申入れのあったユニオンが、労働組合法上の労組であるかどうか (1) 労働組合性   事業者は、正規の労組ではないところに、団交に応じる義務はありません。逆に、労働組合法  上の労組に対しては、事業者は、誠実交渉義務を負うことになります。  このような労組への団交を拒否すると、事業者は、労働組合法の不当労働行為(労組法7条)の 責任を問われることになってしまいます。さらに、そのような対応は、民法上は不法行為を構成す る可能性もあります。  ですから、上記のような義務を負うかどうかの前提として、正式な労働組合かどうかを見極める 必要があります。 (2) 申入れのあったユニオンの性質   どのような組合か。代表者はどのような人物(経歴、有資格)か。2 ユニオンへの返答書面(応答)の前提 (1) ユニオンが要求してきている団交事項について  ア まず、誰についての団交か。現に在籍している従業員か、それとも会社を退職した元従業員   についてか。その(元)従業員は、正規雇用者か、非正規雇用者か。非正規雇用者であれば、   有期従業員、継続雇用者、アルバイト・パート従業員、派遣労働者などのうちのいずれの労働   者か。    要するに、自社に関連する(元)従業員でなければ、団交に応じる義務は生じてこないはず   です。(元)従業員でも、非正規雇用で、例えば、派遣労働者の場合、団交事項が派遣先であ   る自社の勤務条件(労働条件)に関する事項かどうか、派遣元で給与計算支給をしている場合   で賃金事項が対象であれば、派遣先である自社が団体交渉の対象ではないことも考えられる。  イ 団交事項    解雇なら解雇事由、解雇の正当性をリサーチしておく。    残業代請求ならタイムカード等の対象となる従業員の勤休管理資料の検索    退職金なら退職金支給資料    共通するものとして、かつ、団交時に開示を求めてくる情報との関係で、就業規則、その一   部である賃金規程、退職金規程など  ウ 団交事項について、団交への出席者で打合せをしておく必要 (2) 要求事項について、どこまで応じることが可能か(検討・吟味) (3) 団交場所の選定 (4) 交渉時間 (5) 出席者(会社側、組合側)3 返答書面の起案4 団交期日(回数を含めて)・日程5 合意局面あるいは交渉決裂局面(不当労働行為にならない対応) 以上のように、対応には、経験とノウハウがある程度必要であり、事業者だけで交渉に当たる場合には、団交を何度も経験実施してきているユニオン側のイニシアチブで団交が進められてしまう 懸念があります。 団交の申し入れがあったら、労働関係に明るい弁護士(事務所)に相談するのが安心かつ確実な対応といえましょう。 当トラウト法律事務所は、このような労働問題を専門に扱っている弁護士事務所です。 どうか気軽にご相談ください。貴社の事務所への出張相談にも応じております。   以 上     

長澤運輸事件について

【事件の概要】及び【訴訟経過】 長澤運輸(運送会社)を定年退職した後に同社との間で期間の定めのある労働契約(有期労働契約)を締結して就労している労働者ら(車両の乗務員)が、会社が無期契約労働者と有期契約労働者との間に労働条件の差異を設けているのは無効であり、労働者らには一般の就業規則が適用されると主張して同就業規則を受ける地位の確認と差額賃金の支払を求めた事案である。 労働者らの請求をより詳細に整理すると、① 主位的に,当該不合理な労働条件の定めは労働契約法20条により無効であり,被控訴人らには 無期契約労働者に関する就業規則等の規定が適用されることになるとして,控訴人に対し,当該就 業規則等の規定が適用される労働契約上の地位に在ることの確認を求めるとともに,その労働契約 に基づき,当該就業規則等の規定により支給されるべき賃金と実際に支給された賃金との差額及び これに対する各支払期日の翌日以降支払済みまで商事法定利率年6パーセントの割合による遅延損 害金の支払を求め,② 予備的に,控訴人が上記労働条件の相違を生じるような嘱託社員就業規則を定め,被控訴人らと の間で有期労働契約(嘱託社員労働契約)を締結し,当該就業規則の規定を適用して,本来支払う べき賃金を支払わなかったことは,労働契約法20条に違反するとともに公序良俗に反して違法で あるとして,控訴人に対し,民法709条に基づき,その差額に相当する額の損害賠償金及びこれ に対する各賃金の支払期日以降の民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求め た事案となる。 第1審の東京地方裁判所(合議体)は、被告会社の原告労働者らへの処遇は、無期契約労働者との相違に合理性がなく、労働契約法20条に違反するとして、原告である労働者らの請求(主位的請求部分)を全部認容した。                  この判決に対して会社が控訴した。 第2審の東京高等裁判所は、本件の労働条件の相違は、労働者の職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情に照らして不合理とはいえず、同条に違反しないと判断するとともに、控訴人が被控訴人らを定年前と同一の職務に従事させながら賃金額を20ないし24%程度切り下げたことは社会的に相当性を欠くとはいえないと判断し、原判決を取り消して被控訴人らの各請求(主位的請求及び予備的請求)を棄却した。       この判決に対して労働者らが上告した。【最高裁の判断】 (1) 労働者ら嘱託乗務員である有期契約労働者の労働条件と正社員である無期契約労働者の労働条  件の相違は、期間の定めがあることによるものであることを認定し、労働契約法20条が適用さ  れることを前提としている。 (2) 会社における嘱託乗務員及び正社員が、その職務内容及び変更範囲において相違はないと認定 (3) 労契法20条の労働条件の相違が不合理かどうか判断する事情として、有期契約労働者が定年  退職後に再雇用された者であることは、同条の「その他の事情」として考慮される。 (4) 労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,両者の賃金  の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解  するのが相当である。 (5) 本件における諸事情を総合考慮すると,嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一  であるといった事情を踏まえても,正社員に対して能率給及び職務給を支給する一方で,嘱託乗  務員に対して能率給及び職務給を支給せずに歩合給を支給するという労働条件の相違は,不合理  であると評価することができるものとはいえないから,労働契約法20条にいう不合理と認めら  れるものに当たらないと解するのが相当である。 (6) 正社員に精勤手当を支給し、嘱託乗務員に支給しないのは不合理、そして、この精勤手当も時  間外労働の割増賃金の基礎賃金に含めた計算をした時間外手当を支給しないと不合理 (7) その他の賃金項目(住宅手当、家族手当、役付手当、賞与(不支給))については、相違は不  合理とは 認められない。【解説】(最高裁判断で実務上特に重要と思われる点)1 有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは、労働契約法20条の「その他の事 情」で考慮されること2 労働条件の相違が不合理か否かは、各賃金項目の趣旨から個別に判断されること3 正社員(無期契約労働者)に能率給、職務給を支給する一方、嘱託乗務員(有期契約労働者)に それらを支給せず歩合給を支給する労働条件の相違は、労契法20条にいう不合理と認められるも のに当たらないこと4 精勤手当(これを基礎賃金に含めて時間外労働の割増賃金計算している場合には時間外手当も) の不支給は、労契法20条違反でも、同条の効力により無期契約労働者の労働条件と同一のものに なるものではないと解するのが相当。それゆえ、主位的請求には理由がない。5 上記4につき、予備的請求である不法行為を理由とする損害賠償(差額賃金分)は認容されるべ き(原審に差し戻して審理を尽くすべき)とした。

ハマキョウレックス事件について

平成30年6月1日、最高裁が上記事件についての上告審判断を示した。【事案】 期間の定めのある有期労働契約者(契約社員・トラック運転手)(被上告人)と期間の定めのない無期労働契約者との労働条件のうち、無事故手当、作業手当、給食手当、住宅手当、皆勤手当、通勤手当、家族手当、賞与、定期昇給及び退職金に相違があることは労働契約法20条に違反しているとして、(1) 労働条件につき。正社員(無期労働契約者)と同一の権利を有する地位にあることの確認、(2) 主位的に、無事故手当、作業手当、給食手当、住宅手当、皆勤手当及び通勤手当(以下「本件諸 手当」)についてのH21.10.1~H27.11.30までの間のこれら手当についての差額の支払請求、(3) 予備的に、不法行為に基づき、上記差額に相当する額の損害賠償請求をした。【裁判経過】 原審である大阪高等裁判所は、無事故手当(月1万円)、作業手当(月1~2万円)、給食手当(月3500円)、通勤手当(正社員と契約社員間に月2000円の支給額に差があったが後に解消)、家族手当については、契約社員には支給規定が存在しないことを前提に、(1)の確認請求及び(2)本件賃金差額請求の全部並びに(3)本件損害賠償請求のうち住宅手当及び皆勤手当に係る部分をいずれも棄却し、無事故手当、作業手当、給食手当、通勤手当の正社員との差額分について損害賠償請求を認容した。 大阪高裁の判断理由は、(1)及び(2)については、契約社員である被上告人と正社員との間で本件賃金等に相違があることが労契法20条に違反するとしても、被上告人の労働条件が正社員と同一になるものではないから、いずれも理由がない。(3)については、被上告人と正社員との間の住宅手当及び皆勤手当にかかる相違は不合理と認められるに当たらないから、労契法20条に違反しないとしている。【今回の最高裁判断】第1 契約社員である附帯上告人(被上告人)の請求(主張)について 1 被上告人は、原審で棄却された部分を附帯上告している。 2 本判決は、基本的には、不法行為以外の上記(1)、(2)についての大阪高裁の判断を維持し、(3)  の住居手当も、正社員と契約社員では就業場所変更の予定、転居に伴う配転予定の有無に差があ  ることから正社員にのみ住宅手当を支給していることは不合理とは言えないとして、原審判断を  維持したが、皆勤手当については、同じトラック運転手でありながら、正社員と契約社員で職務  の内容に差が生ずるものではないことを主たる理由に、正社員にのみ皆勤手当を支給するのは不  合理であるとして、原審判断を破棄してこの部分について被上告人が皆勤手当の支給要件を満た  しているか否か等について更に審理を尽くさせるために原審差し戻しを命じた。第2 上告人の請求(主張)について 1 上告人は、原審が、契約社員と正社員の無事故手当、作業手当、給食手当及び通勤手当に係る  相違が不合理で、労契法20条適用された平成25年4月1日以降の相違は不法行為に当たるとし  て損害賠償請求を認容したものを不服として上告している。 2 本判決は、無事故手当、作業手当、給食手当、通勤手当の契約社員と正社員との相違はいずれ  も不合理であること、労契法20条に違反すること、不法行為に当たることから、差額相当額の  損害賠償請求を認容した原審判断は正当であるとして、上告を棄却した。【解説】(最高裁判断で実務上特に重要と思われる点)1 有期労働者と無期労働者との労働条件の相違が労契法20条に違反するとしても、同条の効力に より有期労働者の労働条件が無期労働者のそれと同一のものとなるものではないこと2 上記1を理由として、被上告人が本件賃金等に関し、正社員と同一の権利を有する地位にあるこ との確認請求を棄却していること3 同様に、同一の権利を有する地位にあることを前提とした被上告人の本件差額賃金請求も棄却し ていること4 各種手当のうち、無事故手当、作業手当、給食手当、通勤手当及び皆勤手当について、契約社員 と正社員との間に相違を設けることは不合理であり、労契法20条に違反するものであること5 上記4を理由として、不法行為を構成し、その差額(ただし、H25.4.1以降分のみ)について損害 賠償請求が成り立つこと     

相続の放棄についてのご相談(裁判所への手続代理など)

 被相続人が亡くなると相続が発生し、特に遺言がなければ相続人各人が法定相続分による相続をすることになります。その際、相続人は、被相続人の積極財産だけではなく、債務などの消極財産も相続することになります。 被相続人に多少なりとも財産がある場合でも、自分は、被相続人との縁故も深くなく、生前の付合いもなかったことなどから相続を放棄する場合、あるいは、被相続人と近しい関係で、例えば自分の親であるところの被相続人が、見るべき財産は特に有せず借金だけが相続の対象となっていたり、積極財産もある程度有しているものの、トータルとしては、借金などの負債の方が多い場合などには、相続人は、被相続人の遺産について相続の放棄を考えることになります。 相続の放棄の手続には、被相続人が亡くなった地の家庭裁判所に相続放棄の申述書を提出して行う必要があるとともに、手続に必要な戸籍等の書類を取り寄せて、必要な申述申立書等に必要事項を記入して提出するなど一定の法的知識と負担が伴います。 普段、仕事に勤務されているなど多忙な中でのこのような手続の履践には負担と不安を感じる方が少なくありません。 当トラウト法律事務所は、弁護士としての代理権を行使して、相続の放棄を希望される依頼者のために、書類の取り寄せから、申立をする管轄裁判所の調査・特定、さらには放棄の申述申立てをした家庭裁判所からの書類による問い合わせにも、依頼者を代理してすべて対応いたします。 手続に要する弁護士報酬も、ご依頼者様一人当たり一律10万円(及び消費税別途8000円)でお受けいたします。 複数人の場合には、別途ご相談ください。事案に応じてリーズナブルに対応いたします。

交通事故事件についてのご相談(受付)

交通事故事件を相談したい方へ1 ご相談に当たって
  持参可能であれば相談時に持参願いたい資料:
 ・交通事故証明書、事故関係の資料(警察作成書面、現場写真などあれば)
 ・負傷関係の診断書、診療関係書面
 ・物損関係の書面(修理見積書など)
 ・交渉経過がある場合は、保険会社からの通知、損害計算書など
2 事件処理の選択肢
 ・示談交渉:合意期待できる事案かどうか
 ・調停(民事調停):一般的な調停になじむ事案かどうか
 ・ADR(日弁連交通事故相談センター、㈶交通事故紛争処理センター):弁護士があっせん担当者  として示談をあっせん
 ・自賠責保険の被害者請求:自賠責保険法で、加害者が契約している保険会社に対して自賠責保険  金を請求できる権利を認めている。被害者に7割以上の過失がなければ保険金は減額されないの  で過失相殺事案に有効な手段
 ・訴訟:上記以外で解決図る必要ある場合
3 費用について
 ・弁護士報酬(訴訟によるか、示談交渉、調停手続利用するかなど事件類型によって異なりますの  で、ご相談ください。)
 ・加入保険に弁護士特約が付いていれば、保険金の支払いで、弁護士費用や裁判費用を保険金支払  上限金額まではまかなえます。その場合の保険会社とのやり取りも承ります。
4 書類の調達方法案内
 ・交通事故証明書:自動車安全運転センターから
 ・刑事記録:検察庁から
 ・物損事故証明書:警察から
  これらの資料も手元になければ、当職において委任を受けて調達します。
5 人身損害の場合
 ・医療記録取寄せ、後遺障害の診断書等について (1)  自賠責保険の利用  ・被害者請求  ・仮渡金制度の利用  ・後遺障害についての認定を経た後遺障害診断書   これら利用資源についてアドバイスします。 (2) 無保険車による事故被害や加害者特定ができない事故の場合  ・政府保障事業による救済を検討・アドバイスします。 (3) 社会保険(労災、健保)、人身傷害補償条項の利用  ・事故により被った怪我の治療費用に有効です。利用方法をアドバイスします。
6 物損事故の場合
 ・損害に関係する証拠資料の収集 (1)  加害者任意保険の利用 (2)  被害者車両保険の利用  上記いずれの利用によるべきかなどご相談の上、対応いたします。

債務整理

1 貸金業者などに借金を負っていて、返済に窮した場合の対応  まず、どこにいくらの返済債務があるかを把握するため、債権者を一覧表にしてみます(過払い 金の請求については、ここでは割愛します。)。そして、返済期限と返済額を見て、さらに、返済 の催促(督促)が来ている債権者はどこかも書き出します。  自分の現在の収入状況との比較で、月々返済して行ける金額かどうか。この債権者の中に、いわ ゆる闇金業者がいる場合には、さらに検討が必要です。  闇金以外の貸金債務のみであれば、交渉次第では、ある程度の債務整理が可能となってきます。 往々にして、正規の金融機関からの借入ではまかなえなくなって、当面の利息金の支払いなどのた めに現金調達がどうしても必要となり、闇金に手を出してしまう人も少なくありません。しかし、 一旦このような者から借金をすると、元本は減らず日々の利息の支払いに追われる悪循環に陥るだ けです。けっして、闇金には手をださないようにしましょう。  さて、闇金以外の金融業者と債務整理の交渉をするにはどうしたらよいでしょうか。  ご本人が交渉に当たるのであれば、任意の債務整理ではなく、簡易裁判所の特定調停とか、弁護 士会の紛争解決機関など第三者機関のちからを借りて臨んだ方が有効かと思われます。なぜなら ば、借金の返済に窮している債務者本人の言い分や約束を貸し手が信頼するのは、このような状況 では難しくなっているのが通常ですから、なかなかうまく行かないことが予想されます。  ただ、上記のような第三者機関を介した交渉では、債務の元本のほかにも既発生の利息、損害金 などの支払いも含めた交渉となるのが通常です。  やはり、このような場合には、弁護士に依頼して、債務整理の交渉に当たるのが一番有効といえ ます。弁護士が債務整理を受任して臨む交渉では、なるべく元本の返済に絞った分割弁済の交渉に 当たります。通常、貸し手の金融機関側でこのような任意の債務整理に応じてくれる場合の分割弁 済回数の限度は、最大60回程度、5年間と言われています。債権を回収する側としても、債務者 が支払不能に陥った場合、破産手続などで債務が免責されてしまって、回収できなくなることを避 けるため、このような譲歩に応じてくれる余地が出てくることになります。  もう少し詳しく解説しますと、債権者と交渉に当たる弁護士が債務者に付いて、ある程度確実に 債務者からの分割による債務の返済が見込めるからこそ、債権者である金融機関は、このような交 渉に応じてくれるわけで、そこでは、債務者本人だけでは支払いに不安のあるところを弁護士の信 用を考慮してくれているものと考えられます。我々弁護士は、そのような信用を裏切らないように 依頼者である債務者にアドバイス、指導をすることが期待されていますし、このような信用を弁護 士報酬として獲得しているとも言えます。  2 返済を確実に履行するための留意事項  依頼者の中には、せっかく弁護士に債務整理の交渉に立ってもらって、債権者各社との間に分割 弁済の合意をまとめてもらったにもかかわらず、途中で返済の原資となる就職口を失うなどの事情 で、合意書の返済約定を守ることができないで、相談に見える方も見受けられます。  当面の窮地をしのげればよいというような返済の正確かつ確実な見通しを立てずに交渉に臨むの は、避けなければなりません。  弁護士を介した債務整理の合意書では、約定の中に、月々の分割弁済額の支払いを怠った場合に は、債務金額全額についての期限の利益を喪失させる(以後の分割支払いを認めない形で、一括支 払い義務が生じる旨)条項が盛り込まれていることが多いはずです。  このような依頼者から再度債務整理の依頼を受けた場合にはどうしたらよいでしょうか。前の合 意書の約定が守れていないわけですから、そのときの交渉に当たった弁護士の信用がその債権者と の関係で毀損されているとも考えられます。  まず、交渉の仕方として考えられるのは、約定の分割弁済が遅れてしまって支払われていない分 を何とかまとめて支払う方法、要するに、期限の利益を喪失させた事情を取り戻す形で、従前の約 定どおりの分割弁済状況に戻すための交渉です。そのためには、滞った支払金額分を用意する必要 がありますので、債務者にとってはなかなかハードルが高いかもしれません。  次に、分割支払いの遅れを全額取り戻すのは難しいとしても、ある程度のまとまった金額を頭金 として用意して、再度、分割の支払方法をリスケジュールする方法です。ここでは、頭金なしに単 なるリスケ交渉に臨むのでは、なかなか債権者の納得が得られにくい状況にあるわけですから、可 能な範囲で頭金を調達する必要があります。  さらに、債権者は、当初合意案の約定を守れなかった債務者に不信感を抱いているわけですか ら、守れなかった事情を端的に説明して、現在は何とかまた返済を続けていける状況になったこと を理解してもらう必要があります。例えば、病気等でそれまで勤めていた会社を辞めざるを得なく なって無職となり分割弁済できなくかったとしたら、現在は、回復して健常者として稼働能力もあ り、再就職できて定収があることなどの事情を説明して、今後は、確実に分割弁済が見込めること を信用してもらうなどです。  いずれにせよ、一度失った信用を取り戻すのは大変なことだということを理解する必要がありま す。債権者によっては、再度の任意の債務整理では応じてくれず、判決や調停・和解といった裁判 所における債務名義の取得あるいは公証人役場での執行証書の合意を希望されるケースも少なくあ りません。  3 債務整理のため債権者との交渉に弁護士を依頼する利点  上記2でも触れましたが、任意の債務整理の交渉に弁護士が立つことによる弁護士報酬は、弁護 士としての信用を依頼者としては債権者との交渉に当たって有償で手に入れるものであることを理 解していただきたいところです。単なる交渉のために高額のお金を払うのはどうかという考えをさ れる方もおられるかもしれません。しかし、ご本人ではできないことを担当する代償にはやはりお 金が必要ということであります。  また、法律の専門家によるさまざまな選択肢の中から最善の方法を導き出す手法・スキルにも弁 護士を依頼するメリットがあるはずです。例えば、債権者の中でも、強行な債権者とそうでない 者、債権金額の多い債権者と小口債権者などさまざまな交渉相手がいる中で、交渉の優先順位をた てたり、一つの交渉がうまく行かなかった場合の次善の対処方法など、柔軟な対応、大局的見地に 立ったアドバイスなどが可能です。4 破産や個人再生との分岐点  任意の債務整理の交渉では、どうにもならない場合、倒産手続の検討も視野に入れておく必要が 出てきます。  債務の総額とご自分の財産状況(月々の収入など)との兼ね合いで、果たして分割して返済して 行けるのかどうか。  目安となるのは、現在の月当たりの収入ないし可処分所得と総債権額との比較です。  自分の現在の収入から返済金を捻出して、最長でどのくらい返済期間がかかりそうか。  先ほど、金融業者との交渉における分割弁済期間を最長5年くらいとしましたが、逆に、5年 間、毎月分割で60回かければ返済できるとはいっても、その確実性は、期間が相当長いことから すると明らかではありません。  個人再生では、原則3年間での再生計画案の提出が求められていることとの関係で、せいぜい3 年から3年半の範囲で分割返済できるかどうかを目安とする考えもあります。その他、2年間くら いで返済可能かどうかを目安とする考えもあります。  任意整理と破産、個人再生との関係で見ますと、破産の要件としては、支払不能状態にあるこ と、個人再生の要件は、支払不能の可能性が相当程度あること、とされています。  例えば、月収20万円の人が、その20倍を超える債務を負っているような場合、一般的には支 払不能状態にあるといってよいでしょう。同様に、月々の可処分所得で2年分を超えるような金額 の債務があれば個人再生の要件を満たしていると思いますし、毎月の返済額の合計が「手取り収 入」から住居費を差し引いた額の3分の1を超える場合には、支払不能状態にあると言えましょ う。  中には、定収がありながら、債務総額100万円程度で破産したいと申し出てくる人もおられま すが、定収のなかみと金額にもよりますが、一般的には、これでは未だ支払不能とは言えないはず です。生活保護を受給しているような場合でなければ支払不能とはならないはずです。  このように、相談者、依頼者本人の意向とは別に、客観的にその支払状況を分析して、手続の選 択を考える必要があることに留意していただきたいところです。5 経済生活再建・見直しの方法  借金を負わざるを得なくなった事情は、人それぞれでありましょう。  しかし、これまで述べてきたような借金に追われる方のうち、少なからずの人が、一度ならず、 支払不能や破産、個人再生、さらには前述のような再度の債務整理に臨まなくてはならなくなって 相談に見えるケースがあります。  肝心なのは、収入と支出のバランスであることは言うまでもありません。  健全な経済生活は、収入の範囲で生活をすることにあります。  経済的に破綻する方の生活習慣に原因が根差していることが多く、お金が手元になくてもとりあ えずは周りにキャッシングなどでお金を借りることのできる環境があると、簡単にカードを使ってしま う。そこを自覚することがいかに難しいことか。  しかし、借りたものは返すのが社会のルールですから、社会で住み暮らす以上、ルールを無視し ては生活に行き詰まるのは目に見えています。  収入というものは、生活にとって大切なもので、消費は生活には必然的に伴うものですが、我慢 も必要であること、自分が家計の管理能力に問題があると自覚した場合には、婚姻している場合に は配偶者、独身で親と同居している場合には親などの他人のちからも借りて、経済的自律の生活習 慣を身につけるようにしましょう。  頭の痛い話ですが、債務を整理したり、破産・再生後の経済生活こそが、再度の失敗をしないた めの備えとして最も重要です。                                 文責 弁護士 福島政幸  

貸金・売掛金その他代金の回収(債権回収)

1 債権回収が思うようにいかないパターン類型 (1) 売買や請負契約で、売主や請負人が買主や注文者に対して代金債権があるのに、支払いを受け  ることができていないがあります。   ・ 契約内容に問題はなかったか     条件付きであるとか、代金支払時期や方法の約定のしかたがどうであったか。他の品物と    の抱き合わせ売買であったり、請負では完成品の検収が済んでからという契約内容の場合    に、よく見られます。   ・ 商品、納品に瑕疵がある場合     買主、注文者から代金支払が留保される典型的なパターンです。     極端な場合としては、債務者からの契約解除、さらには損害賠償などまで主張されること    があります。   ・ 債務者サイドの経済的事情     端的に、債務者に代金を支払う資力(財産)がない場合です。     大きな金額の取引の場合には、事前に保全を図っておく必要があります。     まず、商品が債務者の手元にある場合には、動産であれば取り返したり、引き上げる。そ    のための法律上の根拠として、所有権留保を付けておいたり、先取特権や質権を主張するこ    とが考えられます。建物など不動産の場合も、引き渡しを代金支払と同時履行の関係に置い    たり、所有権移転登記と同時履行としたり、先取特権、留置権などを主張することが考えら    れます。 (2) 賃貸借契約の賃料不払いなどもよくあるパターンです。   この場合も、借主からの賃貸物件への不満、例えば、雨漏りなどの修繕箇所を大家さんが直し  てくれないなどといったとき、賃料の支払を留保されるケースです。   このほかに、上記同様に、賃借人に手持ちのお金がない場合もよく見受けられます。 (3) 知人間での貸金トラブル   もっともよくある事例としては、友人にお金を貸したのに、契約書がなくて、しかも、借主で  ある友人からは、もう少し待ってくれなどといって一向に返してくれない場合などです。2 さて、これら債務者からは、どうやって債権を回収したらよいでしょうか。  契約類型ごとに異なる対応も考えられるところですが、まず、共通して対応できるとこ ろから紹介しますと、 (1) 書面による支払催告(なるべく内容証明で)   支払期限の定めのない場合には、期限到来の効果をもたらします。 (2) 当事者間の交渉による書面による支払合意約束   当初の契約が口頭であったり、契約書面を交わしていない場合には、後の裁判もにらんで証拠  化を図っておくことが大切です。   準消費貸借の形で、現在負っている債権債務金額の確認、その支払方法(一括か分割など)、  利息の約定、遅延損害金の約束などをなるべく具体的に取り決めておきましょう。 (3) 支払督促(簡易裁判所管轄)   契約書などの支払を求める書面があって、たとえ債務者から支払督促命令に異議が出ても、本  案訴訟で確実に勝てる場合には、まず、債務者の反応を見ることも兼ねて(任意に支払う努力を  してくれるかどうかという意味)、裁判所書記官による書面審査だけで、相手方を裁判所に呼び  出さない手続であるところの支払督促を利用すると有効です。   今日では、電子支払督促手続も用意されているので、債権者本人による手続も比較的容易にで  きます。 (4) 少額訴訟(簡易裁判所管轄)   手元に証拠となる契約書類があるような場合で、債権金額が、60万円以下の場合には、1回  限りの当事者双方の簡易裁判所への出頭で手続が終わる少額訴訟が便利といえます。 (5) 民事調停(簡易裁判所管轄)   確実に全額の代金までは回収は難しいかもしれないが、話し合いである程度の回収なり交渉が  見込める場合には、民事調停を申し立てて、調停委員会の委員から相手方に一定の支払を説得し  てもらうのが有効な場合があります。   なお、(3)と(5)の手続は、管轄は簡易裁判所ではありますが、債権金額が140万円(簡易裁判  所の管轄金額の範囲)を超えていても特に問題はありません。 (6) 地方裁判所、簡易裁判所への通常訴訟   被告である相手方が一定の事由をたてに争ってくることが予想される場合には、最初から判決  や和解というわけには行かないでしょう。このような場合には、裁判所で主張と証拠をたたかわ  せて一定の審理の後に、判決か和解で解決せざるを得ないことになります。 (7) その他の手続   裁判所以外でも、民間におけるADRといわれる裁判外の紛争解決手続が用意されているところ  があります。3 どの手続を選択するのが効率的かつ有効か  相手方の出方や資力、財産状況などの情報を収集した上で、どの手続が妥当かが決まってきま す。また、手続手段は、必ずしも一つだけとは限りません。  この種の債権回収事案を多数扱っている弁護士に相談するのが、最も確実で早道になります。当 事者との交渉にも経験が必要です。相手方から最大限の譲歩を引き出したり、こちらの事情をどの ように相手方に伝えたり、要求するのかを交渉できるのが弁護士です。  ただ、弁護士利用が良いことだけではありません。弁護士を雇うには当然のことなから費用(弁 護士報酬としての着手金と成功報酬)がかかることになります。  ごく少額(例えば十数万円)の債権を回収するのに弁護士を利用すると、特に訴訟対応を要する ことになる場合には、費用倒れとなってしまうことも考えられます。  ご自分で、どこまで行い、どこからは専門家に依頼しなければならないのかを慎重によく考えま しょう。分からない場合、判断しかねる場合、判断できない場合には、遠慮なく、法律相談を利用 してみてください。                                文責 弁護士 福島政幸  

家族信託のメリットとデメリット(留意点)

 近時、老齢化社会あるいは高年齢社会状況を反映して、相続や認知症などによる法律行為能力の減退を念頭においた法律対策として、成年後見、任意後見、遺言信託などのほか、とりわけ注目され、かつ、多彩な士業の方々による勧誘がなされているものとして「家族信託」(民事信託)が取り上げられています。 当事務所も、時代の流れに沿う法務サービスを心がける事務所として、民法の一分野である信託法の理解把握(平成19年に改正され、規制緩和された内容)に務めるとともに、家族信託の利用方法やノウハウについての研究と勉強に邁進しているところであります。 一方、相談事件を扱う中で、家族信託にまつわる紛争にも出会うことがあります。 そこで、あらためて、家族信託を利用することのメリット(利点)とデメリット(留意点)について考えてみました。1 メリット (1) 成年後見や遺言では、なし得ない事前の相続対策や包括性のある財産管理が可能であること   成年後見は、被後見人が認知症などで法律行為能力を喪失して、はじめて機能するものであるのに対し、依頼者に意思能力、法律行為能力のあるうちから、本人の希望と意思に沿った身上監護、財産管理といった生活ぐるみの法的事務処理に関する委任(信託)ができるわけです。   遺言の場合は、本人が他界して相続が発生した後にはじめて効力を有するもので、遺言書に被相続人である本人の希望と意思を反映できるのは、ある程度一義的かつ決められたもの(現在の財産を中心としたその時の経済状況に基づくもので、遺言作成時点以降の変動を反映できないという意味)で、しかも財産的なものがどうしても中心になります。これに対し、家族信託を利用すれば、本人がある程度元気なうちに、自身の身上監護の在り方や相続発生後のことを意識した財産管理の在り方、さらには、将来的に不確定な状況を踏まえた事務の委任(信託)を信託を受ける人(受託者)に託すことができます。受託者は、本人である信託者の意思をそんたくして良かれと思うその後の社会経済状況さらには信託者の状況に合わせた裁量的対処が可能となります。 (2) コスト面で見ても(ここでは税務上の問題は割愛します。)、成年後見には、親族が後見人になる場合は別として、弁護士や司法書士さらには社会福祉士といった専門家の後見人には報酬を月々支払う必要がありますし、この点は任意後見も同様です。また、居住していた土地・建物などの不動産を本人が老健施設に入るなどしていらなくなった場合に、成年後見の場合には、家庭裁判所の許可を得る必要があるところ、当該許可はなかなかすんなりとは取りにくいことから、不動産売却の引き合いがあったとしても時宜を逸してしまうリスクも指摘されています。要するに、金銭的、時間的コストにある程度の余裕がないとうまく機能しないということになります。    これに対し、家族信託であれば、信頼できる家族の一人あるいは何人かに信託という形で依頼をすることから、専門家への定期的な報酬がかからないこと(ただし、信託契約書の作成やそのためのプランニングなど一時的な専門家への報酬費用は発生します。)、依頼を受けた受託者に信託した不動産の処分権能は移転しているので、その者の裁量で時期を選んで適切な価額による不動産売却などの取引が可能となります。 (3) 遺言の場合、被相続人の相続人や遺贈の相手といった特定者にしか財産の相続を指定できないのに対し、家族信託では、相続人の次世代以降に対しても自分の財産の在り方を指定できます。具体的には、例えば、Aさん(男性の夫)が妻との二人暮らしで子供がいないとします。先祖から受け継いだ土地を自分が他界したら、まず、第1次的には残った妻のために相続させる、しかし、妻が亡くなるとその後に法定相続では、妻の家系の姻族に土地が移ってしまう。遺言は、この場合、自分の妻のあとの相続の在り方までは指定できません。ところが、家族信託を利用すると、上記の場合、妻が亡くなったあとは、自分の兄弟の子(例えば甥など)にこの土地を相続してもらいたいといった指定ができることになります。   このほかにも、法定相続や遺贈とはまた違った形で、様々な依頼者の生活事情やケース、希望に合わせた財産管理及び相続の在り方を柔軟に取り決めることができるわけです。2 デメリット (1) 家族信託は、委託者(依頼者本人)、受託者(信頼のおける親族)、受益者(自分あるいは妻、子などの他人)という登場人物を想定した「契約」を締結することになります。法律行為能力のある委託者と受託者間の信託契約であります。  契約ですから、民法の一般規定の適用を受けるわけですが、遺言ならば、本人の考え方や希望が遺言作成時点以降変化すれば、また新たに遺言を作り直すなど、本人の意思次第で再度の相続の在り方を希望どおりに直したり変更することができます。  ところが、家族信託によりますと、上記のように相手方(受託者)との契約ですから、委託者のみの意向だけでは、契約内容を変更できません。法的紛争の発生する大きな原因の一つはここにあります。人間は、心変わりするものです。信頼していた受託者との人間関係も変化することがありうるのですが、一旦契約すると、それは約束事ですから、双方に法的拘束力が生じます。これを変更するには、相手方との合意によって修正したり、解除することはできますが、通常、相手方との意思の合致を見ないからこそ、契約の拘束力が法的紛争になるわけで、依頼者本人は、信託いしていた受託者を変えたいとか、信託していた内容を受託者の裁量に任せるのではなく違った形にしたいなど心変わりがあったとしても、もはや、信託した自分の財産の管理権は、家族信託によって受託者に移ってしまっていますので、未だ意識がしっかりしていて法律行為能力を失っていない委託者本人といえども、受託者の意思に反した自分の財産を意のままにすることはできなくなってしまうということです。  このような場合、依頼者本人は、家族信託契約からの拘束力をまぬかれるためには、契約の解除、取消、無効といった民法上の権利行使を契約法の法規制にしたがってしなければなりません。しかし、通常、家族信託契約の契約条項には、解除事由は制限されていますから、本人の一方的な解除はできないようになっているのが通常です。取消には詐欺、無効には錯誤など一定の法律要件を満たしていないと主張が通りません。 (2) 家族信託の契約書は、通常は、公正証書にすることになります。そのこと自体は、契約当事者の意思を公証人立会のもとに確認した上で、内容も審査されて、本人の意思通りかどうか精査されるでありましょうから、公正証書にするのは、契約書の確かさを強めるものとして機能するわけです。   しかし、一旦、公正証書にしたら、通常の契約の拘束力に加えてさらに強力な拘束力をその契約に持たせることになり、いわば二重のロックをかけることになるわけです。   遺言であれば、たとえ、公正証書遺言であったとしても、遺言者が心変わりするなどして、別の事項を遺言にしたいと考えれば、自らの意思で(そのときに法律行為能力すなわち遺言能力があることが前提ではあります。)、ある意味では一方的に変更が可能であり、しかも、敢えてまた公正証書によらなくても、自筆証書遺言でも秘密証書遺言でも、遺言の法定要件を満たしていれば、時系列的に後に作成された遺言書が、先の遺言書よりも有効なものとして機能します。   参考までに、家族信託契約をした依頼者が、その後考え直した内容を遺言で後に変更しようとしても、信託した財産等に関する限り、信託契約でその対象財産に対する管理権は受託者に移転してしまっているので、遺言による処分は効力を有しないと考えられます。   これほど強い拘束力を家族信託によって生じさせるものであることの自覚が依頼者には必要であるということになります。 (3) 依頼者本人を取り巻く家族・親族の本人の身上、財産に関する意見の一致を見て、はじめて有効かつ安全に機能するのが、家族信託ということになります。   極端な例を挙げますと、被相続人本人(依頼者)の相続人間(例えば子である兄弟間)に相続争いが生じる余地があるのに、特定の相続人(子の一方)による被相続人の取り込みというケースが相続争いの紛争に見られる典型的なものです。兄は結婚して家を出て別に家庭があり、弟が親である被相続人の面倒を見て身近にいる場合、兄と弟との仲が良くなく、弟は、常々兄の悪口を同居の父(あるいは母)である被相続人に吹き込んで、兄の意向を反映させない家族信託契約を父を委託者、弟である自分を受託者として締結し、公正証書にした場合を想定してみてください。  後に、これを知った兄が、当該信託契約の変更を求めたいと思ってもなかなか難しい事態になりますし、弟の言っていることばかりを信用していたが、後に兄やほかの者からの話を聞いて、弟の情報の虚偽があり、兄である長男にもあらためてちゃんと将来的には相続させたいといった先の家族信託契約の内容の変更をしたいと委託者(父)本人が考えたとしても、やはり難しい事態となるのです。3 家族信託を担う専門家の資質が問われている場面  1及び2で家族信託を利用することの得失を挙げました。網羅的ではないことをご容赦ください。  ここからは、あえて、宣伝をしたいと思います。  家族信託には、慎重な事前のプランニング、利害関係人間の調整同意など事前の準備・交渉などを整える必要があることになります。  これを、利害関係人に会わないで、依頼者と受託者だけの意思確認なり面接で契約書を作成するようなことは避けるべきでしょう。後の紛争の種を残し、法的争いや裁判沙汰になる可能性があります。このような紛争を未然に防ぐ調整能力を完備しているのは、ほかならぬ弁護士であります。もちろん他の士業の方においても、スキルのある方、経験のある方は、上記のような問題点は承知して動くことが期待できます。しかし、一旦、紛争となった場合の交渉は、弁護士でなければ非弁行為として禁止されているはずです。  家族信託は、契約書を作ってそれを公正証書にして終わりということにはなりません。その後のアフターケアがむしろ重要であります。  上記2のデメリットに挙げた例のように、委託者と受託者の関係の変化、受益の在り方の再構成など契約内容を変更する必要が生じる場合もありますし、利害関係当事者の調整、契約者同士の調整など様々な交渉が伴うことが想定されること、技術的観点からは、信託口座を銀行に設置することになりますが、しっかりした法的隔離機能(たとえ委託者や受託者が破産しても、信託財産は原則としえ独立したものとして扱われ(ただし、委託者による詐害信託などは取り消しの対象となります。)、信託財産としての口座預金は、清算の対象から除外されること)を持たせるべく銀行と折衝することも重要な事務処理の一つといえます。  このような総合的な機能を慎重かつ確実にこなすことのできるのは、弁護士である私共ではないでしょうか。  裁判を担当していて思ったのは、例は異なりますが、公正証書遺言無効の訴えという訴訟類型をよくみかけます。被相続人である親の遺産を子である兄弟姉妹で取り合いになるケースで、先ほどの例に似通って相続人の一人が親である被相続にを生前に取り込んで自分に有利な公正証書遺言を作成したような場合、他の兄弟からその遺言は、被相続人が既に遺言能力を喪失しているのに作成された無効な遺言だという争い。あるいは、一旦、子の一人の意向に沿って親が所有の不動産をその子に譲渡(贈与・信託など)したのを、子の洗脳から解けた親本人による不動産土地・建物に関する真正な登記名義の回復請求などがあります。  相続をめぐる争いの一類型ともいえるものでありますが、どうして、このような紛争になるかというと、繰り返しにもなりますが、当事者、利害関係人の意思確認や合意・同意の取り付けというもっとも地道で大変な作業がないがしろにされて、相続にの一人である子が勝手に親の印鑑を預かるなどして、これを使って、契約書、登記申請などを済ませてしまうことがままあるからであります。  公正証書にする場合には、公証役場で、あるいは公証人が遺言者の自宅まで来るなどして意思確認をするわけですが、そこには一部の親を取り込んだ親族しかいない場合、公証人は、他の親族を呼び出す権限があるわけではありません。公証事務を依頼する弁護士が、必要と思われる利害関係人の立会を求めるなど調整・お膳立てをしっかりしないと、後で問題になるケースもあります。  家族信託を利用する場合には、事前の準備、信託内容の適正で柔軟かつ妥当なプランニング、利害調整・交渉を伴う手配、事後の事務処理、さらにはその後の問題や相談事が生じた場合の対応能力等、バランスを取ることのできる弁護士事務所を利用することを推奨します。  当トラウト法律事務所は、「家族信託」について上記のような問題を踏まえた依頼者、ご家族のその後の在り方にまで思いを致した対応を目指しております。ご利用の検討をお願い申し上げます。                     文責 トラウト法律事務所 弁護士 福島政幸