事前求償債権を被保全権利とする保全処分

事例:主債務者である会社が銀行等から借金をした際、連帯保証した個人(当時の会社代表者ほか役員)が、役員を退いた後にも依然として連帯保証人の地位のままにあった場合で、主債務者(会社)が銀行等への借金の分割返済を怠り、当該債権者たる銀行等は、連帯保証人である個人に対して保証債務の履行を求めた来た。

 このような場合に、主債務者に未だ何等かの見るべき財産があるときには、債権者の方で、まずはそれら財産に債権を行使してもらいたいところであるが、当該責任財産が預貯金・現金などの流動資産ではなく不動産などであった場合、債権者は、より債権に充当しやすい連帯保証人の財産へ請求権を行使してくることも考えられる。

 通常は、主債務者(会社)と連帯保証人(役員)とは一蓮托生の関係で利害反することは考えにくいが、何等かの事情で、役員は退いたものの、連帯保証から外れていないような事態にあるとき、タイトルにあるような問題が生起する。

1 基本事項

 (1) 民法460条(委託を受けた保証人の事前の求償権)

  あらかじめ求償権を行使することができる場合とは;主債務者破産(1号)、保証人に
 弁済を命ずる裁判があったとき(3号)などのほか、債務が弁済期にあるとき(2号)と
 いう要件が存在する。

 (2) 民事保全法上の要件

  ① 被保全債権の存在

  ② 保全の必要性

2 事例との関係(特殊性

  主債務者である会社が、銀行等に借入金の分割弁済をしないとき、銀行等からは、連帯
 保証人へ債務履行の督促の連絡が来る。

  これを受けて、連帯保証した個人はどう対処するべきか。

  前記のように、通常は、会社とその役員である個人とは経済的に一体の関係にあるが、
 会社の役員から当該個人が排除された場合(役員の解任など)あるいは、会社と委任関係
 にある役員個人が合意により役員を退いたような場合に事例のような事態が生起する。

  特に、退いた元役員個人と会社(現経営陣)とが敵対・利害対立関係にあるような場
 合、連帯保証した個人として、もはや自己のコントロールできない主債務者である会社と
 の関係で、自己の利益を守る方法として、命題のような事前求償権の問題が出てくる。

  余談になるが、連帯保証人の個人が、会社から強制解任され経営から外れる場合には、
 会社がある程度健全の経営状況、今後も継続を予定して経営陣を刷新するような場合に
 は、上記個人は役員の退任と時を同じくして連帯保証人からはずれるのが通常である。銀
 行等サイドとしても、会社の財務状況に特に問題がなければ、連帯保証人の交替(旧経営
 陣から現経営陣へ)に異を唱えないであろう。

  また、連帯保証している役員個人が、任意に(委任契約の合意解消)役員を退任する場
 合、上記合意の条件として、当該個人の連帯保証を外してもらうよう交渉するのが通常と
 いえる。

  しかし、特殊性として、必ずしもそのような通常の在り方にならず、役員は退任したも
 のの連帯保証人の地位はそのままである場合が本命題となる。

  会社と敵対している元役員個人間で、それぞれの立場・利害関係を考えてみる。

  まず、会社とすれば、仮に、役員更迭の必要が生じた原因が、当該役員にあり、そのた
 め会社の経営状態も危殆に瀕し、その責任を取るための更迭だとすると、必ずしも、上記
 のような通常の在り方としての役員交代による連帯保証人の交替とはならず、少なくと
 も、銀行等との関係で、役員退任までの責任を全うしてもらう意味で連帯保証人の地位に
 とどまることはおかしくはないはずだということが考えられる。

  その場合でも、退任役員が連帯保証する範囲は、役員退任時までに会社が銀行等に負っ
 ていた債務の範囲に留まることになろう。

  次に、退任役員の立場からすると、会社の経営にもはやタッチしない、できない自らの
 立場にかんがみ、会社との委任契約上の債務不履行等による損害賠償の問題はありうるに
 しても(そのような責任追及は、制度上、会社法で規定されているとおりである。)、無
 条件での連帯保証のままということにはいかにも承服しがたい。

  仮に、委任契約を合意解約して役員を退任したにもかかわらず、意に反して事後に連帯
 保証人としての地位がそのままであったということになると、そもそも委任契約の合意解
 約(これ自体が法律行為としての合意)自体に意思表示の瑕疵があったと主張できる余地
 も出てくる。具体的には、錯誤無効、詐欺取消等を主張するとともに、役員退任の無効、
 依然として会社役員の地位にあることを主張してゆくことになる。

3 命題の保全処分の可否(分析検討)

 (1) 被保全権利について

   前記1、(1)及び同(2)①のとおり、分割弁済を怠った主債務者である会社の行為により主
  債務の債務不履行である債務が弁済期にあるとき(460条2号)の要件を満たしていれ
  ば、理論的には被保全権利の存在は充足する。

 (2) 保全の必要性

   問題は、事前求償権が成立したとしても、そのこと自体から直ちに保全処分として連
  帯保証人である個人が会社の責任財産への仮差押えが可能となるわけではないところに
  ある。

   仮に、会社の分割返済の主債務不履行が特定月の1回限りであるならば、会社の資力
  に問題が兆候と見ることもできず、事前求償の必要も出て来ない。

   それゆえ、銀行等に連帯保証債務を負っている退任役員個人が事前求償権を予め主債
  務者である会社に行使する必要性ことが保全の必要性ということになり、その事情とし
  ては、会社の経済力(責任財産)に問題が生じていること、そのことの徴表として、分
  割弁済の利益が失われたことまで必要となるものというべきである。

   通常、銀行等から運転資金なりを借り受ける会社は、銀行等と取引約款に基づいて金
  銭を借り入れているはずである。

   そうすると、連帯保証人において、主債務者に事前求償債権を被保全権利として、主
  債務者の責任財産に保全処分としての仮差押えをすることのできる保全の必要性として
  は、主債務者が債権者との関係で、債務の履行につき、期限の利益を喪失して一括弁済
  を迫られているという状況が生じてはじめて上記要件を満たすと考えるのが良識的であ
  る。

   そのように期限の利益を喪失する主債務者たる会社は、弁済資力に何らかの問題が生
  じていることが想定され、責任財産も危殆に瀕している可能性が高く、この点において
  も保全の必要性を満たす。

 (3) 事案・事態の分析

   具体的・現実的に、上記個人が事前求償債権による主債務者財産への仮差押えを申し
  立てる場合、そもそも保全の必要性として、主債務者の責任財産状態として、金銭債権
  の弁済資金が枯渇している状況からは、債権差押えたる預貯金債権の仮差押えは現実的
  ではない。

   主債務者の流動資産には見るべきものはなくとも、不動産を有している場合に命題の
  ような実益が出てくる。

   弁済に窮した主債務者が、その不動産を安く売り払って弁済資金に充てようとした
  り、詐害行為的な行動に出ようとしていたりする場合には、事前求償を連帯保証人にお

  いてしておく実益があるものと考えられる。                以上

                            文責 弁護士 福島政幸

                 

   

  


  





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