家族信託のメリットとデメリット(留意点)
近時、老齢化社会あるいは高年齢社会状況を反映して、相続や認知症などによる法律行為能力の減退を念頭においた法律対策として、成年後見、任意後見、遺言信託などのほか、とりわけ注目され、かつ、多彩な士業の方々による勧誘がなされているものとして「家族信託」(民事信託)が取り上げられています。
当事務所も、時代の流れに沿う法務サービスを心がける事務所として、民法の一分野である信託法の理解把握(平成19年に改正され、規制緩和された内容)に務めるとともに、家族信託の利用方法やノウハウについての研究と勉強に邁進しているところであります。
一方、相談事件を扱う中で、家族信託にまつわる紛争にも出会うことがあります。
そこで、あらためて、家族信託を利用することのメリット(利点)とデメリット(留意点)について考えてみました。
1 メリット
(1) 成年後見や遺言では、なし得ない事前の相続対策や包括性のある財産管理が可能であること
成年後見は、被後見人が認知症などで法律行為能力を喪失して、はじめて機能するものであるのに対し、依頼者に意思能力、法律行為能力のあるうちから、本人の希望と意思に沿った身上監護、財産管理といった生活ぐるみの法的事務処理に関する委任(信託)ができるわけです。
遺言の場合は、本人が他界して相続が発生した後にはじめて効力を有するもので、遺言書に被相続人である本人の希望と意思を反映できるのは、ある程度一義的かつ決められたもの(現在の財産を中心としたその時の経済状況に基づくもので、遺言作成時点以降の変動を反映できないという意味)で、しかも財産的なものがどうしても中心になります。これに対し、家族信託を利用すれば、本人がある程度元気なうちに、自身の身上監護の在り方や相続発生後のことを意識した財産管理の在り方、さらには、将来的に不確定な状況を踏まえた事務の委任(信託)を信託を受ける人(受託者)に託すことができます。受託者は、本人である信託者の意思をそんたくして良かれと思うその後の社会経済状況さらには信託者の状況に合わせた裁量的対処が可能となります。
(2) コスト面で見ても(ここでは税務上の問題は割愛します。)、成年後見には、親族が後見人になる場合は別として、弁護士や司法書士さらには社会福祉士といった専門家の後見人には報酬を月々支払う必要がありますし、この点は任意後見も同様です。また、居住していた土地・建物などの不動産を本人が老健施設に入るなどしていらなくなった場合に、成年後見の場合には、家庭裁判所の許可を得る必要があるところ、当該許可はなかなかすんなりとは取りにくいことから、不動産売却の引き合いがあったとしても時宜を逸してしまうリスクも指摘されています。要するに、金銭的、時間的コストにある程度の余裕がないとうまく機能しないということになります。
これに対し、家族信託であれば、信頼できる家族の一人あるいは何人かに信託という形で依頼をすることから、専門家への定期的な報酬がかからないこと(ただし、信託契約書の作成やそのためのプランニングなど一時的な専門家への報酬費用は発生します。)、依頼を受けた受託者に信託した不動産の処分権能は移転しているので、その者の裁量で時期を選んで適切な価額による不動産売却などの取引が可能となります。
(3) 遺言の場合、被相続人の相続人や遺贈の相手といった特定者にしか財産の相続を指定できないのに対し、家族信託では、相続人の次世代以降に対しても自分の財産の在り方を指定できます。具体的には、例えば、Aさん(男性の夫)が妻との二人暮らしで子供がいないとします。先祖から受け継いだ土地を自分が他界したら、まず、第1次的には残った妻のために相続させる、しかし、妻が亡くなるとその後に法定相続では、妻の家系の姻族に土地が移ってしまう。遺言は、この場合、自分の妻のあとの相続の在り方までは指定できません。ところが、家族信託を利用すると、上記の場合、妻が亡くなったあとは、自分の兄弟の子(例えば甥など)にこの土地を相続してもらいたいといった指定ができることになります。
このほかにも、法定相続や遺贈とはまた違った形で、様々な依頼者の生活事情やケース、希望に合わせた財産管理及び相続の在り方を柔軟に取り決めることができるわけです。
2 デメリット
(1) 家族信託は、委託者(依頼者本人)、受託者(信頼のおける親族)、受益者(自分あるいは妻、子などの他人)という登場人物を想定した「契約」を締結することになります。法律行為能力のある委託者と受託者間の信託契約であります。
契約ですから、民法の一般規定の適用を受けるわけですが、遺言ならば、本人の考え方や希望が遺言作成時点以降変化すれば、また新たに遺言を作り直すなど、本人の意思次第で再度の相続の在り方を希望どおりに直したり変更することができます。
ところが、家族信託によりますと、上記のように相手方(受託者)との契約ですから、委託者のみの意向だけでは、契約内容を変更できません。法的紛争の発生する大きな原因の一つはここにあります。人間は、心変わりするものです。信頼していた受託者との人間関係も変化することがありうるのですが、一旦契約すると、それは約束事ですから、双方に法的拘束力が生じます。これを変更するには、相手方との合意によって修正したり、解除することはできますが、通常、相手方との意思の合致を見ないからこそ、契約の拘束力が法的紛争になるわけで、依頼者本人は、信託いしていた受託者を変えたいとか、信託していた内容を受託者の裁量に任せるのではなく違った形にしたいなど心変わりがあったとしても、もはや、信託した自分の財産の管理権は、家族信託によって受託者に移ってしまっていますので、未だ意識がしっかりしていて法律行為能力を失っていない委託者本人といえども、受託者の意思に反した自分の財産を意のままにすることはできなくなってしまうということです。
このような場合、依頼者本人は、家族信託契約からの拘束力をまぬかれるためには、契約の解除、取消、無効といった民法上の権利行使を契約法の法規制にしたがってしなければなりません。しかし、通常、家族信託契約の契約条項には、解除事由は制限されていますから、本人の一方的な解除はできないようになっているのが通常です。取消には詐欺、無効には錯誤など一定の法律要件を満たしていないと主張が通りません。
(2) 家族信託の契約書は、通常は、公正証書にすることになります。そのこと自体は、契約当事者の意思を公証人立会のもとに確認した上で、内容も審査されて、本人の意思通りかどうか精査されるでありましょうから、公正証書にするのは、契約書の確かさを強めるものとして機能するわけです。
しかし、一旦、公正証書にしたら、通常の契約の拘束力に加えてさらに強力な拘束力をその契約に持たせることになり、いわば二重のロックをかけることになるわけです。
遺言であれば、たとえ、公正証書遺言であったとしても、遺言者が心変わりするなどして、別の事項を遺言にしたいと考えれば、自らの意思で(そのときに法律行為能力すなわち遺言能力があることが前提ではあります。)、ある意味では一方的に変更が可能であり、しかも、敢えてまた公正証書によらなくても、自筆証書遺言でも秘密証書遺言でも、遺言の法定要件を満たしていれば、時系列的に後に作成された遺言書が、先の遺言書よりも有効なものとして機能します。
参考までに、家族信託契約をした依頼者が、その後考え直した内容を遺言で後に変更しようとしても、信託した財産等に関する限り、信託契約でその対象財産に対する管理権は受託者に移転してしまっているので、遺言による処分は効力を有しないと考えられます。
これほど強い拘束力を家族信託によって生じさせるものであることの自覚が依頼者には必要であるということになります。
(3) 依頼者本人を取り巻く家族・親族の本人の身上、財産に関する意見の一致を見て、はじめて有効かつ安全に機能するのが、家族信託ということになります。
極端な例を挙げますと、被相続人本人(依頼者)の相続人間(例えば子である兄弟間)に相続争いが生じる余地があるのに、特定の相続人(子の一方)による被相続人の取り込みというケースが相続争いの紛争に見られる典型的なものです。兄は結婚して家を出て別に家庭があり、弟が親である被相続人の面倒を見て身近にいる場合、兄と弟との仲が良くなく、弟は、常々兄の悪口を同居の父(あるいは母)である被相続人に吹き込んで、兄の意向を反映させない家族信託契約を父を委託者、弟である自分を受託者として締結し、公正証書にした場合を想定してみてください。
後に、これを知った兄が、当該信託契約の変更を求めたいと思ってもなかなか難しい事態になりますし、弟の言っていることばかりを信用していたが、後に兄やほかの者からの話を聞いて、弟の情報の虚偽があり、兄である長男にもあらためてちゃんと将来的には相続させたいといった先の家族信託契約の内容の変更をしたいと委託者(父)本人が考えたとしても、やはり難しい事態となるのです。
3 家族信託を担う専門家の資質が問われている場面
1及び2で家族信託を利用することの得失を挙げました。網羅的ではないことをご容赦ください。
ここからは、あえて、宣伝をしたいと思います。
家族信託には、慎重な事前のプランニング、利害関係人間の調整同意など事前の準備・交渉などを整える必要があることになります。
これを、利害関係人に会わないで、依頼者と受託者だけの意思確認なり面接で契約書を作成するようなことは避けるべきでしょう。後の紛争の種を残し、法的争いや裁判沙汰になる可能性があります。このような紛争を未然に防ぐ調整能力を完備しているのは、ほかならぬ弁護士であります。もちろん他の士業の方においても、スキルのある方、経験のある方は、上記のような問題点は承知して動くことが期待できます。しかし、一旦、紛争となった場合の交渉は、弁護士でなければ非弁行為として禁止されているはずです。
家族信託は、契約書を作ってそれを公正証書にして終わりということにはなりません。その後のアフターケアがむしろ重要であります。
上記2のデメリットに挙げた例のように、委託者と受託者の関係の変化、受益の在り方の再構成など契約内容を変更する必要が生じる場合もありますし、利害関係当事者の調整、契約者同士の調整など様々な交渉が伴うことが想定されること、技術的観点からは、信託口座を銀行に設置することになりますが、しっかりした法的隔離機能(たとえ委託者や受託者が破産しても、信託財産は原則としえ独立したものとして扱われ(ただし、委託者による詐害信託などは取り消しの対象となります。)、信託財産としての口座預金は、清算の対象から除外されること)を持たせるべく銀行と折衝することも重要な事務処理の一つといえます。
このような総合的な機能を慎重かつ確実にこなすことのできるのは、弁護士である私共ではないでしょうか。
裁判を担当していて思ったのは、例は異なりますが、公正証書遺言無効の訴えという訴訟類型をよくみかけます。被相続人である親の遺産を子である兄弟姉妹で取り合いになるケースで、先ほどの例に似通って相続人の一人が親である被相続にを生前に取り込んで自分に有利な公正証書遺言を作成したような場合、他の兄弟からその遺言は、被相続人が既に遺言能力を喪失しているのに作成された無効な遺言だという争い。あるいは、一旦、子の一人の意向に沿って親が所有の不動産をその子に譲渡(贈与・信託など)したのを、子の洗脳から解けた親本人による不動産土地・建物に関する真正な登記名義の回復請求などがあります。
相続をめぐる争いの一類型ともいえるものでありますが、どうして、このような紛争になるかというと、繰り返しにもなりますが、当事者、利害関係人の意思確認や合意・同意の取り付けというもっとも地道で大変な作業がないがしろにされて、相続にの一人である子が勝手に親の印鑑を預かるなどして、これを使って、契約書、登記申請などを済ませてしまうことがままあるからであります。
公正証書にする場合には、公証役場で、あるいは公証人が遺言者の自宅まで来るなどして意思確認をするわけですが、そこには一部の親を取り込んだ親族しかいない場合、公証人は、他の親族を呼び出す権限があるわけではありません。公証事務を依頼する弁護士が、必要と思われる利害関係人の立会を求めるなど調整・お膳立てをしっかりしないと、後で問題になるケースもあります。
家族信託を利用する場合には、事前の準備、信託内容の適正で柔軟かつ妥当なプランニング、利害調整・交渉を伴う手配、事後の事務処理、さらにはその後の問題や相談事が生じた場合の対応能力等、バランスを取ることのできる弁護士事務所を利用することを推奨します。
当トラウト法律事務所は、「家族信託」について上記のような問題を踏まえた依頼者、ご家族のその後の在り方にまで思いを致した対応を目指しております。ご利用の検討をお願い申し上げます。
文責 トラウト法律事務所 弁護士 福島政幸
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