固定残業代の有効性

 企業が労働者との関係で予め取り決めた労働の対価としての給与支給条件に、月の一定労働時間分に相当する固定残業代が含まれていると主張する場合がよくあります。

 例えば、月当たり時間外労働分として20時間、同じく月当たり深夜手当分として10時間などといった形で取り決めた場合です。

 このような労使間の取り決めが、裁判上に持ち出された場合、有効と認められるには、どのような要件をクリアーしていなければならないのか。

 一般的には、(1)明確区分性、(2)対価性、(3)差額分支払の合意の3つが挙げられます。(3)は、当然のことなので、むしろ、(1)と(2)がポイントになると考えられます。

1 明確区分性とは

  定額残業代として支給することを決めている賃金分が、他の給与(基本給や業績給など)と区別して取り決められていること、すなわち、通常の労働時間の賃金部分と割増賃金に当たる部分との判別が可能であること

  代表的な、裁判例としては、

テックジャパン事件(最高裁H24.3.8)、医療法人 社団康心会事件(最高裁H29.7.7)が有名です。

  これらの裁判例は、いずれも、使用者側が主張する固定残業代を割増賃金としては認めなかった事案です。

  具体的には、

 「労働者に支払われる基本給や諸手当(以下「基本給等」という。)にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに労基法37条に反するものではない。」

 「割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法で支払う場合においては、・・・労働契約における基本給等の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要」

 と判示している。

2 対価性とは

  固定残業代とされる部分が、それに対応する労働の対価としての実質を有すること

  代表的な、裁判例としては、

日本ケミカル事件(最高裁H30.7.19)は、原審(東京高裁)が、「いわゆる定額残業代の支払を法定の時間外手当の全部又は一部の支払とみなすことができるのは、定額残業代を上回る金額の時間外手当が法律上発生した場合にその事実を労働者が認識して直ちに支払を請求することができる仕組み(発生していない場合にはそのことを労働者が認識することができる仕組み)が備わっており、これらの仕組みが雇用主により誠実に実行されているほか、基本給と定額残業代の金額のバランスが適切であり、その他法定の時間外手当の不払や長時間労働による健康状態の悪化など労働者の福祉を損なう出来事の温床となる要因がない場合に限られる。」として、労働者の賃金及び付加金の請求を一部認容したのに対し、

 「雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである」

 と判示し、上記高裁判断部分を一部破棄して差し戻している。

3 分析

  固定残業代としての明確区分性及び対価性を満たすためには

労使間の労働契約の内容として、固定残業代がしっかり位置付けられていることが大切

 具体的には、

① 就業規則あるいはその一部としての賃金規則(給与規程)に、月の何時間に相当する分が当該月当たりのいくらとして、賃金支給されることになっているかが明確であること、

② 契約書あるいは、使用者(職制)からの説明等により、上記のような労働条件が明示されていること

➂ 実際に勤務した労働者が、給与明細などにより、当月に、自分が勤務した状況に照らして固定残業代として何時間分をいくら支給されているか、これを超過して勤務した場合に、その分はちゃんと超過分として時間外賃金が支払われているかどうか分かる程度のものであること

以上が、キーポイントになるものと考えられる。

  企業である使用者は、固定残業代に相当する部分を、さまざまな形で給与の中で支給している実態が見受けられる。

  例えば、「みなし残業代」とか「勤務手当」等・・・、さらには、基本給の中に含めて支給しているものも見受けられる。

  いずれにしても、労働者に「何時間分の固定残業代いくら」という形で分かるものが求められているものというべきであり、裁判で争われたときに、しっかり説明できるような給与体系が構築されていてしかるべきである。

  そのためにも、上記労働契約の内容となる規則あるいは契約書ないし労働条件通知書には、これらを明示しておくことが望ましい。

  その際には、取り決めの中で、これら所定の固定時間(例えば20時間)を超過して勤務した場合には、その超過分は、別途、割増賃金として支給される旨の明記もしっかりすべきである。

                          以上(文責 弁護士 福島政幸)

  

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